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最高裁判所第三小法廷 昭和40年(行ツ)48号 判決 1968年2月27日

上告人 千葉地方法務局一宮支局登記官

訴訟代理人 上田明信 外一名

被上告人 斎藤昌子 外一名

主文

原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。

被上告人らの請求を棄却する。

訴訟の総費用は被上告人らの負担とする。

理由

上告指定代理人朝山崇、同柿原増夫名義の上告理由について。

論旨は、原判決には昭和三七年三月二九日法律第四〇号による改正前の民法九三九条の解釈を誤つた違法がある、という。

原判決の確定したところによれば、被上告人昌子の夫で、被上告人繁子(長女)および訴外文子(次女)、回れい子(三女)の父である訴外斎藤克己は昭和二七年一月一日死亡し相続が開始したが、相続人中文子とれい子が相続を放棄したので、被上告人両名は、改正前の民法九三九条による相続分が被上告人昌子は三分の一、被上告人繁子は三分の二になるものとし、申請書に右相続分に応ずる持分を記載して克己の遺産である建物につき所有権保存登記を申請したところ、上告人は、右相続分は改正前の民法九三九条の解釈についての先例の示すところに従つて計算した相続分、すなわち、被上告人昌子は五分の三、被上告人繁子は五分の二と異なるとして、不動産登記法四九条二号の規定により登記申請却下の決定をした、これに対し被上告人らは千葉地方法務局長に審査請求をしたところ、同局長は、登記申請は不動産登記法四九条八号の規定に該当し却下すべきものであるとの理由で審査請求を棄却する旨の裁決をした、というのである。

おもうに、改正前の民法九三九条二項は、放棄者の相続分は他の相続人の相続分に応じてこれに帰属すると規定しているところ、本件においては、相続を放棄した前記文子とれい子のほかに相続人として被上告人両名が存在するのであるから、放棄者の相続分は被上告人両名の相続分に応じてこれに帰属すると解するのが正当であり(昭和三九年(オ)第一〇五三号、昭和四二年五月三〇日最高裁判所第三小法廷判決、民集二一巻四号九八八頁参照)、従つて、本件登記申請において被上告人らの主張する相続分は誤りで、上告人の見解が正当であるといわなければならない。しかるに、原判決は右被上告人ら主張の相続分を正当とし、本件登記申請却下決定を違法として取り消すべきものとしているのであるから、改正前の民法九三九条の解釈を誤つた違法があるというべく、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、前記上告人の見解に従えば、被上告人らは本件登記申請において結局正当な相続分に応ずる持分と異なる持分の登記を求めることとなるから、相続および相続放棄を証する書面のほかに、相続分に応じた持分がその主張する持分に変動したことを明らかにする書面を提出することを必要とするところ、本件登記申請にあたりこのような書面の添付がなかつたことは被上告人らの主張自体に徴し明らかであるから、その欠缺は不動産登記法四九条八号の規定に該当することが明らかである。しからば、上告人のした本件登記申請却下決定は適法であり、これを取り消すべき違法はないから、被上告人らの請求は理由がなく、従つてこれと異なる一審判決はこれを取り消し、被上告人らの請求を棄却することとする。

よつて、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、九六条、八九条、九三条に従い、裁判官全員の一致で主文のとおり判決する。

(裁判官 横田正俊 田中二郎 下村三郎 松本正雄 飯村義美)

上告理由

一、原判決は、以下述べるとおり、昭和三七年法律第四〇号による改正前の民法(以下「旧民法」という)第九三九条の解釈を誤つている。

(一) 原判決が認容する第一審判決は、「旧民法は相続順位を一方では第一に直系卑属、第二に直系尊属、第三に兄弟姉妹とし(旧民法第八八七条乃至第八八九条)、他方では配偶者は常にこれら血族と同順位で共同相続人となるものとし、その相続分も、共同する血族相続人が直系卑属、直系尊属、兄弟姉妹となるに応じて、それぞれの三分の一、二分の一、三分の二と割合を増している。(旧民法第九〇〇条)このことからみると、旧民法は相続人を明らかに血族系統と配偶者の二系列にわかち、配偶者の相続権は血族のそれとは別系統のものとみて、これに特殊の相続分を定めたものと解するのが相当である。そうだとすると、相続放棄の場合も、血族系統内の放棄は、その系統内の共同相続人の相続分を変えることがあつても、配偶者の相続分は、血族相続人の順位に変更が生ずる場合に限り、変化を生ずるにとどまり、そのほかの場合は右相続放棄によつて影響を受けない性質のものと解すべきである。してみれば、配偶者と教人の子が相続人である場合に子の一部が相続の放棄をしたときは(放棄した子の相続分は共同相続人である他の子に帰属するだけで、配偶者の相続分にはなんらの影響を及ぼさない。」と判断している。

(二) けれども、第一審判決が掲げる旧民法の各規定は、被相続人の配偶者と被相続人の血族が共同相続人となる場合の順位及び相続分を定めたものに過ぎない。右規定をいかに綜合して考察してみても、「配偶者と数人の子が相続人である場合に子の一部が相続の放棄をしたときは、放棄した子の相続分は共同相続人である他の子に帰属するだけで、配偶者の相続分にはなんらの影響もない」程度にまで、血族の相続分と配偶者の相続分とを区別して取扱わねばならないという結論はでてこない。第一審判決の右判断には論理の飛躍があるといわねばならない。

(三) のみならず、第一審判決の右判断は何よりも旧民法第九三九条第二項の文理に明らかに反する解釈である。

即ち同条文は「数人の相続人がある場合において、その一人が放棄をしたときは、その相続分は、他の相続人の相続人の相続分に応じてこれに帰属する。」と規定している。従つて、本件のように配偶者と数人の子が共同相続人である場合に、子の一部が相続の放棄をしたときは、放棄した子の相続分は「他の相続人」である残りの子と配偶者とに相続分に応じて帰属すると解するのが、最も条文の文理に忠実な解釈といえる。原判決及び第一審判決によれば、右にいう「他の相続人」とは子だけであつて配偶者は該当しないことになるが、そのように子と配偶者とを区別することは文理解釈のうえからは無理である。

(四) 更に、本件のような場合に、放棄された相続分を配偶者と子に各々相続分に応じて帰属させること、即ち、結果として配偶者の相続分が増加することが、社会正義に反し、乃至は社会生活上で実害を与えたり、或は、放棄された相続分を配偶者に帰属させず、子にのみ帰属させる方が社会の実情に合致するということが、いえるであろうか。もし、そのようなことがいえるならば、法文の解釈として文理に反ずることも或る程度許されるであろう。しかし、そのようなことは到底考えられない。他方、旧民法が昭和二三年一月一日に施行されて以後、昭和三七年七月一日に旧民法第九三九条が現行法のように改正されるまでの間、約一四年間に亘つて、本件のように配偶者と数人の子が共同相続人となつた場合に、子のうちの一部が相続人を放棄したときは、その放棄された相続分は配偶者と残りの子にその相続分に応じて帰属するものとして、登記を含め実務は運用されてきたのである。それを原判決のように、子のみに帰属して配偶者に帰属しないとの解釈が示されると、従来の実務は根底から覆えされ、法的安定を保つうえから由々しい問題を生ずるであろう。要するに、旧民法第九三九条第二項の文理に明らかに反し、かつ実務上の法的安定を害してまで原判決のように解釈しなければならない合理性は存しない。

(五) 尚、旧民法第九三九条が、昭和三七年七月一日より現行法のように改正された結果、配偶者と数人の子が共同相続人になつた場合に、子のうちの一部が相続を放棄したときは、原判決とほぼ同一の結論をとることとなつた。この改正は、旧民法第九三九条の解釈が種々別れていたのでそれを立法的に解決して疑義をなくすとともに、放棄された相続分を配偶者と子に帰属させる場合の計算が、子のみに帰属させる場合に比べてとかく面倒であつたので、その解消をも兼ねて行われたものといわれている。従つて、右改正後の現行法は創設的であつて確認的規定とは解されないので、現行法の存在は旧民法第九三九条について前記のような解釈をとることに何等の支障となるものではない。

(六) 以上述べたところがら明らかなように、旧民法第九三九条の解釈としては、配偶者と数人の子が共同相続人となつた場合に、子のうちの一部が相続の放棄をしたときは、その相続分は配偶者と残りの子にその相続分に応じて帰属する、と解するのが正しい解釈であり、原判決は旧民法第九三九条の解釈を誤つたものといわねばならない。

二、以上述べたように、原判決は旧民法第九三九条の解釈を誤つており、その誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決は破棄されるべきである。

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